拐われチドリと偽りカイマン(完結)

悪逆非道が世の常ならば、咲かせてみせよう惡の華。

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「サクヤテレフォン」始めました。今度はライトな話かも。
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第一話

薄暗い森の中、一人の少女が一人歯を食いしばって走っていた。

綺麗に結ばれていた少女の髪の毛は見る影もなくバサついていて、お気に入りだった紅色の袴は、先程木の根に足を捕られたせいで泥に塗れ、所々が破けている。手足は擦り傷だらけで、傷口は血と泥が混じって赤黒くなっていた。

痛くて惨めで腹が立って、今にも泣き出したくなるのを堪えながら、少女はただ、ひたすらに走り続ける。走り続けなければいけない。

少女の名前はチドリという。なぜ彼女は走るのか。それはチドリが先程まで誘拐されていたからであり、そして正に今、逃げ出している真っ最中だからである。

第二話

 追っ手の姿はとうに見えなくなっていた。しかし、油断なんて出来るわけない。

 誘拐犯という人種は大抵切羽詰まっていて、失うものなど何もない程堕ちている。人質との口約束の1つや2つ、裏切るためにするものだ。まして利用価値のなくなった人質など、彼らがまともに扱う理由なんて無い。良くて殺されるだろう。悪くて殺されたいと願う程の事をされるだろう。結局どちらも地獄なら、死ぬ思いをしてでも逃げた方がいい。だから彼女は今こうして走っている。


 走る足を止めずに、チドリはちらりと背後に振り向き目を凝らす。光が差さない森の中は、追っ手の目を眩ませるのに適している。けれどもそれは自分も同様だ。自分は本当にあいつらを撒けたのだろうか。どこかで待ち伏せされてはいないか。形のない不安が胸の中で重なり積り、チドリは唇の端を強く噛む。

 自分は強くならねば。今この瞬間、自分を守れるのは自分しかいないのだから。彼女は意識を足に向け、自分は足だけの生き物なのだと言い聞かせながら走った。今まで誘拐された時は、いつもそうしてきた。

第三話

 どれくらいの間走り続けたのだろうか。チドリは森の中に小さな川が流れていることに気がついた。チドリは肩で息をしながら立ち止まり、後ろを気にしながら少し考えた。走っている間は考えないようにしていたが、幾度となく転んだせいで体中は傷だらけ。体中の水分が涙と汗で流れでて、喉は干からびてヒリヒリと痛む。

周りを見渡し、人の気配が無いことを念入りに確認してから、チドリは川に足を踏み入れた。水は予想以上に冷たく、傷口に染みて痛かったが、そんなことはすぐにどうでも良くなるほど爽快だった。川の底は思っていたより深く、太ももの辺りまで浸かることが出来た。チドリは傷口に入り込んだ泥を洗い流し、転んでついた顔の泥をすすぎ、水をすくって喉を潤し一息つく。辺りは川の流れる音しか聞こえないくらい静かで、頭上では届かない陽の光が木々の隙間で揺らめいていた。

 今まで走ることに必死で気が付かなかったけれど、なんて心やすらぐ場所なのだろう。彼女が腰掛けている川の縁にはきめ細やかなコケが生えていて、その手触りはまるで絹のよう。木々を縫って吹く風も、あたかも上質な香木のように芳しい。

もう少しだけ休んでいこう。そう思ってしまったのがいけなかった。

第四話

パチパチという音と、ほのかな暖かさとともに、チドリは目を覚ました。

まぶたをこすりながら辺りを見回すと、そこは見慣れない山小屋。次第に意識がはっきりするにつれ、チドリは自分が迂闊にも眠ってしまった事を理解する。逃げている立場としてはあまりに軽率。さらに何者かによってこの場所に運ばれたらしい。 

自分を誘拐した奴らの仲間か、そうでないかはわからない。焦りと不安と戸惑いが、ねじれてこじれて心を揺らす。そんな中、ふといい匂いがこの部屋を包んでいることに彼女は気がついた。匂いの元は目の前の囲炉裏で、そこには大きな鍋が掛けてあった。

鍋の中を見てみると、太めのうどんが様々な山菜と一緒に煮込まれている。自分をこの小屋に運んだ誰かが作ったのだろうか。うどんは程よく煮詰まっていて、味噌の焦げた香りが食欲をそそる。そういえば朝から何も食べていない。目の前には使えと言わんばかりの小皿と菜箸。誰の根城かも分からない場所で、こうあからさまに食べろと言われて食べるバカはいない。そんな風に否定出来ないほどチドリは腹が減っていた。チドリが頭を抱えて悩んでいると、突然正面の扉が乱暴な音を立てて開き、一人の大男が現れた。

「なんだ、目ぇ覚めたのか」

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